GREENFIELD-CLUB.JP


城井ノ上きいのこ城跡
〒829-0392 福岡県築上郡築上町大字寒田2005-3
城井ノ上城跡:天然の要害と悲劇 福岡県築上郡築上町にある城井ノ上(きいのこ)城跡は、一言でいえば**「巨岩や絶壁といった自然の地形をそのまま利用した、難攻不落の天然の要害(隠れ城)」**です。 建造物ではなく「自然の岩」が防御施設 一般的な山城にあるような人工的な堀切や土塁はほとんどなく、巨大な岩塊や渓流がそのまま城の防衛ラインになっていました。 三丁弓の岩: 独立した巨大な岩で、「ここに3人の弓兵を配置するだけで敵の大軍を防ぐことができた」と言われる最前線の要害です。 表門・裏門: 岩壁に囲まれた谷間にあり、岩と岩が重なり合ってできた狭い隙間を「天然の門」として利用していました。 2. 黒田官兵衛・長政親子を撃退した要害 鎌倉時代から約400年にわたり、この地を治めていた名門・豊前宇都宮氏(城井氏)の拠点でした。 豊臣秀吉の九州平定後、城主の城井鎮房(きい しげふさ)は先祖伝来の土地から四国への国替えを命じられますが、これを拒否してこの城に立てこもります。地の利を活かしたゲリラ戦を展開し、攻め込んできた黒田長政(黒田官兵衛の息子)の軍勢を一度大敗させて追い返すという大戦果を挙げました。 3. 悲劇の舞台としての歴史 力攻めでは落とせないと悟った黒田官兵衛は、謀略に切り替えます。和議(和平)を結ぶという名目で鎮房を中津城に招き入れ、酒宴の席でだまし討ちにして暗殺しました。同時に残された一族や家臣たちも次々と討たれ、名門・城井氏はここで滅亡することになります(城井谷崩れ)。 現在は登山・ハイキングコースとして立ち入ることができますが、道中は鎖を伝って崖を登るような険しい箇所もあり、当時の「敵を寄せ付けない要害」の面影を色濃く残しています。

漫画)城井ノ上城跡:天然の要害と悲劇

実際の城ではありません、AIでイメージしたものを漫画化しています



豊前宇都宮氏が代々居城とした城井谷城は天然の要害で難攻不落の城として知られています。 1586年豊臣秀吉の九州征伐によって当主宇都宮鎮房も秀吉に従うこととなりましたが、翌年伊予国へ移封を命じられます。先祖代々の地を去ることに反発した鎮房、そして宇都宮氏の移封に伴い豊前6郡を与えられた 黒田官兵衛との間には不穏な空気が流れることとなります。鎮房の意を汲んだ毛利勝信は一度城井谷城を出て、その後に秀吉への嘆願を行うことを提案し、鎮房は城井谷城を明け渡します。しかし秀吉への懇願はかなわず 鎮房は意を決して城井谷上奪還します。またこの騒乱により国人一揆も発生、黒田長政によって討伐が行われますが地の利を生かしゲリラ戦に打って出た鎮房によって撃退されます。本領安堵と人質として鎮房の娘鶴姫の 差出しを条件に和議が成立しますが、黒田官兵衛の謀略により宇都宮一族は掃討され、大名としての豊前宇都宮家は終焉を迎えました。現在では「弓三丁あれば敵一兵も通さず」と言われた三丁弓の岩や表門などの城跡を 見ることができます。

築上町観光協会オフィシャルサイトより



ページのトップへ戻る