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安岐あき城跡
〒873-0231 大分県国東市安岐町下原3106
安岐城は、田原氏が安岐郷に入郷した貞治2年(1363)、足利義詮によって田原氏三代目の直貞が豊後国大神、藤原荘、豊後国吉田村、苅田等の替所として安岐郷地頭職を宛がわれて以後のことと思われます。 田原氏はこのとき、港湾を掌握し、全郷の一円支配を目指したと考えられますが、国東郷を本拠地とした田原惣領家が安岐城に常住したかどうかは不明です。 また、室町時代初期に本格的に城郭を築いたといわれますが、田原惣領家の重要拠点のひとつとして城砦を整備し、大友惣領家の領国支配に抵抗したと考えられます。 この後、鉄砲の普及による戦術により、地形を生かした強固な要塞が築かれ、長期の篭城戦にも耐えられる城となり、田原氏の拠点となったようです。 豊臣時代になると、秀吉子飼の武将熊谷氏により、城はさらに拡張され、近世的な城郭に変わったようです。 安岐城は当初より港湾を眼下に見ることができ、豊後水道を一望のうちに眺めることを意識して築城されましたが、鉄砲を主力とする戦国末期には、その条件をもっとよく具備する城郭として整備されました。

2006年安岐町サイトより

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