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山本山やまもとざん
観興寺かんこうじ
〒839-0826 福岡県久留米市山本町耳納2129番地

【御詠歌】のどかなる このやまもとの はるかすみ みのりのはなも いろやそうらん


古代、この地方を治めていた草野太郎常門が狩りをしていた時、豊後国日田郡で榧の伐木にまつわる霊夢を見た。その後その榧の伐木は筑後川を下って、常門の在所である山本の里に流れ着いたという。常門はこの榧の霊木に千手観音を刻し、白雉元年(650)山本の里に堂宇を建立して安置、普光院と名づけたとされる。

その後、常門は本格的な寺院建立を発願し、堂塔僧坊を具備する一大寺院の構えを整えたが、時の天智天皇より観興寺の勅号が下賜されるとともに、斎田(神饌に用いるための米を栽培するための田)75町が喜捨され、感動した常門は出家して自ら観興寺の座主となり、ますます観音信仰への帰依を深めたとされる。

観興寺は当初法相宗に属していたが、その後天台宗に転じ、正保元年(1644)曹洞宗の禅宗寺院として再興された。

観興寺には、創建故事や千手観音の霊験を伝える、鎌倉時代後期の作といわれる「絹本着色観興寺縁起」の絵図二幅が寺宝として遺り、これは国の重文に指定されている。  本尊は、12年に1度、亥の年に御開帳される。


【本尊】千手観世音菩薩
【開基】草野太郎常門
【宗派】曹洞宗

<九州西国霊場HPより>

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