▲ 城山(岩門城跡)


コース

裂田ルート駐車場 >岩門城跡駐車場 >城山(岩門城跡) >高津神社 >高津神社参道入口 >裂田溝(さくたのうなで)駐車場

▲ 城山(岩門城跡)
標高195m
那珂川町のホールで 「岩門城主 少弐景資 我岩門の椿となりての段」という地元の劇団の芝居を観て、久し振りに行ってみたくなり、裂田ルート駐車場に車を置き、高津神社方へは行かず、遠回りをして歩く ことにした。県道の道路歩きで上梶原.方面へ約3㎞、そこに幟が立ててある。ここが城山への登山口。整備されており、三の曲輪~二の曲輪、本丸跡へと歩き易かった。戻りは、高津神社経由で急坂を下りて、 茶臼岩、高津神社でお参りを済ませ、急な参道(石段)を下り、裂田ルートで駐車場へと戻る。
岩門城主 少弐景資(しょうに かげすけ)は鎌倉時代の武将。
寛元4年生まれ。少弐資能(すけよし)の子。蒙古(もうこ)襲来(元寇)で、九州御家人をひきいて奮戦。兄経資(つねすけ)と家督をあらそい、鎌倉幕府の内乱である霜月騒動の影響で、地元守護少弐氏を中心に九州 御家人の間で合戦となり、少弐景資と安達盛宗が景資の兄・少弐経資の軍勢に弘安(こうあん)8年11月敗死。40歳。通称は三郎左衛門。
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