▲ 三日月山・立花山


コース

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▲三日月山 ▲立花山
標高272m 標高367.1m
立花山は天地創造の神といわれるイザナギノミコトとイザナミノミコトの2柱が住む山として、昔は、「二神山(ふたがみやま)」と呼ばれ、 805(延暦24)年、最澄が唐で天台宗を学んで帰国し、教えを広めるために立花山山中で独鈷寺の建築にとりかかり、その時、最澄が唐から 持ち帰ったシキミの杖を岩に立てかけていたところ、先端から根が生え、上の方からは枝葉が茂り、花も咲いたことから、山も村も「立花」 と呼ばれるようになったとのことです。
鎌倉時代末の1330年に豊後大友氏の大友貞載(立花貞載)によって立花山山群に立花山城(立花城)が築かれて以来、立花山は南北朝・ 戦国時代を通じ、交易拠点であった博多を見下ろす軍事的に重要な要塞であり、勇猛な武将として知られた戸次鑑連は1569年の多々良浜の戦いで 毛利軍と戦ったのち、立花道雪として立花山城城督となり、その後、戦場で病没。現在は立花口の梅岳寺に墓がありそこに眠る。 道雪の家督を継いだ 立花統虎(立花宗茂=高橋紹運(島津軍の攻撃に岩屋城に篭城し戦没)の嫡男)は1586年に島津軍の大軍の侵攻に対して、立花山城に篭城し、 豊臣軍の援軍の報により、島津軍が撤退を機に追従、激戦の上、戦功を上げた。 1601年に福岡城が築城された際に石垣が移築され廃城となったため 現在は一部に石垣と古井戸が残るのみ。
立花山へ行こうと思い、直接登ることは考えず、三日月山とセットに考えて、先ずは長谷ダムに車を止めて、端っこから登ることにしました。立花 ・三日月山森林ボランティア楽友会の方々が、綺麗に整備された登山口からスタートです。ちょっとした縦走路で、のんびりと歩き、約2時間ほど 掛かったかなぁ?このルートも綺麗に整備されており、途中、石碑「立花城」があり、その後、三日月山に到着。頂上は360度拓けており気持ちが良く、 低山としては最高でした。そして、立花山へ。 大きなクスの木が点在し、素晴らしく、途中、岩がゴロゴロしたところが、立花城の城石だったので しょうか?、右手に防火槽がみえたら山頂はすぐでした。博多湾を一望後、三日月山へ戻り、三日月山霊園公園方面へと下りのコースに入りました。 ロープが張ってあったりと急坂で、ちょっとすべって尻餅をついてしまいました。ダム湖の舗装道に出、公園の方へ後戻りし、ここで、お昼休憩を取り、 駐車場までの舗装道を数キロだらだらと歩く。この舗装道が一番きつかった。やっと駐車場に辿り着く。
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